昭和34年に創業した甲冑工房 朝比奈。作号"朔太郎"を掲げる同工房は、江戸の風情を残した伝統的工芸品"越谷甲冑"の趣を大切にしながらも、現代のニーズを汲み取る努力を怠らないものづくりを展開しています。同工房三代目となる朝比奈龍さんにお話をうかがいました。
■はじめにこの仕事を始められたきっかけを教えてください。
ここ(工房)は小さいころから遊び場でもあったし、ずっとそばでものづくりを見ていたので、自分がこの仕事を継ぐことに疑問は全くありませんでした。一時期はカーレーサーを目指していた時期もありますが、自然とたどり着いたのはやはりここでしたね。
■では、いつごろから本格的に"甲冑師の道"を歩みはじめたのでしょう?
2000年代前半に家業を継いだのですが、本格的にこの道で生きていこうと決意を固めたのは、社長に代わり同業者の会合に参加するようになってからですね。同世代ながらもすでに一線で活躍している職人さんたちとお会いする機会が増え、今作り手はお客さまから何を求められているのか、今後の社会や業界自体がどう変化していくのかなどを独自の視点で語る彼らに大きな刺激を受けました。それぞれがしっかりとした考えを持ち制作に励んでいるのとは対照的に、自分はいかに受け身の仕事をしていたのかと落ち込んだりしたのもこの時期です(笑)。
ただこのような機会が増えるに従い、同じ想いや悩みを共有できる仲間が増えたことがこの仕事を続けていく上で大きな励みになりました。他社とは違うオリジナリティや方向性を意識するようになったのもちょうどこの頃だったと思います。
■信頼しあえる仲間の存在は本当に大きいですよね。それでは朝比奈さんの甲冑の特徴を教えてください。
うちが得意としているのは"コンパクトサイズ"と"色彩表現"ですね。
家業を継ぎ始めた頃、世間では都市型サイズのコンパクト甲冑への要望が高まりだしました。小さくするには制作工程全てにおいて細かい作業が増えますし通常より手間も時間もかかるので、簡単に製造ラインをつくるのは容易ではありません。しかし過去のノウハウから他社よりも先に量産の仕組みが整えられたので、販売店さんにはとても喜んでいただけました。
▲ 小札板を紐でつなぎ合わせ飾りつけていく"威(おど)し作業"。朔太郎の甲冑は業界屈指の細かさを誇ります。
その後"小型化のパイオニア"としての印象を持っていただけるようになり、そのおかげでコンパクト甲冑を制作する上での知識と技能がさらに向上するという好循環も生まれました。なのでまだ進化できる伸びしろがあると思いますよ(笑)。
また出来上がりの美しさにもこだわり、威糸を通す本数を通常より増やしたことで、多様な色彩表現が可能となりました。他社には真似のできない配色も可能です。この点はむしろ女性にも喜ばれる感じがしますのでその色合いをじっくり見ていただきたいです。
▲ 鮮やかな配色の数々。日本人の美意識を表現すべく色彩表現は女性からの支持も高い。
ただ細かい作業が増えると苦労も多いですよ、威し作業は一つ通す穴を間違えただけで、全体のバランスが崩れてしまいますしね。色選びも無限大なのである程度のコンセプトや規則性を決めないと、苦労して完成させたにも関わらず出来上がりがいまいちなんてこともありますから、この工程はいつになっても忍耐力と集中力が不可欠です。
■では最後に、今後の展望や目標を教えてください。
端午の節句自体がなくなることはないだろうけれども、少子化や住宅事情の影響から以前より業界全体が厳しくなってきているのは事実。このさき伝統や技術を継承していくためには節句だけにとどまらず、若い人たちや女性、そして外国の方々などにも甲冑、ひいては伝統工芸品を今以上身近に感じてもらわなければならないと思っています。
その取り組みとして2016年、埼玉県が実施した"伝統工芸品等新製品開発コンテスト"で伝統技術を活かしたスマホケースを企画し最優秀賞を受賞しました。
その経験を経て2020年、デザイナーとタッグを組み、新たに甲冑型名刺入れ"SAMURAI holder"を開発しクラウドファンディングに挑戦しました。ありがたいことに目標金額に達成し商品化することができました。これからもさまざまな意見を参考にしながら次なるアイテムの商品化を目指しています。
また節句業界のみならず、外部団体などとも協力しあいながら地域活動などにも参加していきたいですね。他団体や異業種との関わりは、普段なかなか見えない気付きやアドバイスをもらえるなどのスケールメリットがありますし、地域社会の一員として、地元の発展には出来る限り寄与していきたいと思います。
時代の変化に柔軟に対応しながらも、守るべきところはしっかり守っていく。そのバランスをしっかり見極めながらこれからも制作に臨んでいきたいですね。